東京高等裁判所 昭和50年(ネ)327号 判決 1977年2月24日
控訴人
岡山照嗣
右訴訟代理人
鈴木喜三郎
外一名
被控訴人
棚橋栄吉
右訴訟代理人
樋口光善
外二名
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金一万六七四〇円を支払え。
控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮りに執行することができる。
事実《省略》
理由
一(本件土地賃貸借の締結と地上建物の増築)
控訴人が昭和三九年八月一八日被控訴人との間で、本件土地を賃料一か月金二四五六円(3.3平方メートル当り金七九円)の約で賃貸する旨の賃貸借契約を締結したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右賃料は毎月末日限り支払う約定であつたことが認められる。<証拠>によれば、被控訴人が後に本件土地の賃料の供託をするようになつた際、支払日欄を毎月二八日と記載した供託書を作成したことがあつたことが認められるが、<証拠>に照らせば、右記載は被控訴人側の手違いによるものとみるべきである。
そして、被控訴人が本件土地上に本件旧建物を所有していたが、昭和四三年三月ころ、右建物について本件増築を行い、その結果存在するに至つたのが本件建物であることは、いずれも当事者間に争いがない。
二(増築を理由とする解除の許否)
(一) 控訴人が昭和四三年四月二九日被控訴人に到達した書留内容証明郵便をもつて、本件増築部分を同年五月末日までに原状に復するように催告するとともに、右期間内にその履行をしないときは、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
(二) よつて、右解除の効力について判断する。
1 本件土地賃貸借契約の締結に際して作成された契約書(前掲甲第四号証)によれば、第五条には、「賃借人がその所有建物を改築又は増築するとき」は、「賃借人は賃貸人の承諾を受けなければならない。」旨の印刷文字が存在する一方、第七条として、「改築は自由の事(新築を含む)」という文言が記入されていることが認められる。そして、<証拠>によれば、被控訴人は昭和三九年八月小池なをよから本件旧建物を買い受けるとともに、同人が控訴人から設定を受けていた本件土地の賃借権をも譲り受け、右賃借地の譲渡につき控訴人の妻岡田清香(同人は、控訴人の代理人として、本件土地の管理、処分など一切を処理していた。)の承諾を得、あらためて控訴人との間で、前記のとおり本件土地の賃貸借契約を締結したが、被控訴人は、当時二戸建一棟の長屋式建物であつた本件旧建物を被控訴人の経営する東栄建設株式会社(以下「東栄建設」という。)の従業員宿舎に使用するため改造し、二、三年以内には、本件旧建物を取り壊したうえ、右宿舎用の建物を新築する予定であつたので、その旨を岡田清香に伝え、同人の諒解を得、前記契約書に第七条の文言を記入したという経緯にあつたこと、したがつて、第七条は、控訴人が本件旧建物の改築につき予め被控訴人に承諾を与える点に主眼があつたことを認めることができ<る>。
右認定事実によれば、前記契約書第五条は、第七条に牴触する限度においては(すなわち、無断改築を禁止する範囲においては)、はじめから当事者間の契約の内容として取り込まれなかつたものと認めるのが相当であるが、さらに進んで、第五条が本件旧建物の増築に関し無断でこれをすることを禁止する特約としての意味まで失つたものと認めるべきではない。
2 ところで、土地賃貸借契約の当事者が取り交わす右のような無断増築禁止の特約は、特段の事由がない限り、有効なものとしてその効力を是認すべきであるが、賃借人が右特約にかかわらず地上建物を無断で増築した場合であつても、当該増築が当該土地の通常の利用上相当であり、賃貸人に著るしい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人において右特約違反を理由に土地賃貸借契約を解除することはできないものとすべきである(そして、本件のように賃貸人が予め賃借人に対し地上建物の改築に対する承諾を与えているような場合においては、賃貸人は、目的土地の保管ないし用方維持については、かなりの程度に賃借人の自主的な処理にことを委ねているものとみるべきであるから、このような場合において、賃借人がした増築について背信性の有無を判定するにあたつては、右の点を充分考慮に容れて判断すべきことは当然である。)。このような観点に立つて本件をみるのに、被控訴人が控訴人の承諾を得ないで本件増築をしたことは当事者間に争いのないところであるが、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人は、その経営する東栄建設の従業員が急増したため本件旧建物の居室、食堂及び便所を拡張する必要に迫られて、本件増築をしたものであつた。
(2) 本件増築は、建築確認を経ることなく、しかも、本件旧建物の従来の床面積に比較して一階を約1.5倍(正しくは1.39倍)に、二階を約二倍(正しくは三倍)に拡張して、総二階建とし、ほとんど敷地面積一杯の建物としたものであるが(この事実は当事者間に争いがない。)、当該増築部分は基礎、土台を設けず、柱、梁もなく、その主要な構造材は縦一八〇センチメートル、横六〇センチメートルのえぞ松の型枠板(建築工事においてコンクリートを流し込んで成形するために使用する板)であつて、これを積み重ねて壁面を構成し、天井及び床面も同様に型枠板で張つて、建物としての外枠を作つた。したがつて、本件増築部分は容易に除却しうる仮設的建物であつて、耐用年数も本格的建築に比較して短い(控訴人側の連絡により、目黒区役所の担当者が本件増築部分を見分したが、その後工事施工の停止、除却などの命令が発せられることはなかつた。)。
(3) もともと本件建物のうち旧建物の部分は、本件増築当時すでにすくなくとも四二年くらい経過した建物であり、これに本件増築部分を付加したものであるところ、被控訴人は、増築後一、二年経つたら本件建物全体を取り壊し、新築する計画であつたが、やがて本件増築をめぐつて控訴人との間で紛議を生じ、所期のとおり新築計画を実現することもできないため、本件増築部分もそのまま存置して現在に及んでいる。
(4) 控訴人側では、本件増築工事の進行中、被控訴人に対し抗議を申し入れた。しかし、被控訴人は、前記のとおり近い将来本件増築部分を本件旧建物とともに取り壊す所存であつたので、工事を遂行してしまつた。ところで、控訴人は本件土地を含む原判決添付物件目録一記載の九三番一宅地及びその南側に隣接する同所九四番三宅地に属する本件土地及びその南側の四つの画地(原判決添付図面参照)のうち本件土地を被控訴人に賃貸し、右四つの画地を北から南へ順次に、(イ)テーラータダノ、(ロ)訴外某、(ハ)大橋某、(ニ)水野某にそれぞれ賃貸しているが、被控訴人がした本件増築の一、二年後に水野某が賃借地上の建物を敷地面積一杯に増改築し、また、本件増築の三年後に訴外某が賃借地上の建物について同様の増改築を行つたが、控訴人は、結局、右賃借人らの建築を容認した(控訴人は、右増改築につき、水野からは承諾料の支払を受けた。訴外某から承諾料の支払を受けたかどうかは証拠上明らかでない。)。
(5) 控訴人は昭和四三年七月中被控訴人を相手どつて渋谷簡易裁判所に対し、本件増築を理由に本件土地賃貸借契約を解除したから本件土地の明渡しを求める旨の調停を申し立て(同裁判所昭和四三年(ユ)第一五六号事件)、右調停は昭和四四年四月一一日不成立に終つたが、控訴人は、その後である昭和四七年七月一九日被控訴人に到達した内容証明郵便で賃料支払の催告をした際、同郵便中で、右調停が不成立に終つたので、「止むなく、これ以上の紛争を止め、致し方ない、と譲歩して諦めて来た(中略)以後右土地上の建物につき、一切の増改築等をしないこと。催告人は以後絶対に承認しない、ことを通告します。お互い隣同志で、且つ、永く賃借が続く以上、特に貴殿の誠意ある行動を、以後願います」と述べ、将来の建築の問題は別として、既往の本件増築については、もはやこれを咎め立てしない意向を明確に表明した。
このように認めることができ<る>。
3 右認定事実によれば、被控訴人がした本件増築は、建築基準法の規制に従つていないのみならず、控訴人の抗議を顧みないで遂行されたものであるけれども、被控訴人側の相当な必要性に迫られてしたものであり、かつ、本件増築部分自体仮設的な建物であつて、容易に除却することができ、耐用年数も本格的建物に比して短く、被控訴人も一、二年で本件旧建物共々取り壊したうえ、かねて控訴人から承諾を得ている改築に着手する計画であつたものであり、しかも、借地人が敷地面積一杯に増築することに対する控訴人の態度はこれを徹底的に許さないとするものでないことは他の借地人の例にみるとおりであり、現に被控訴人がした本件増築に対しても、後に、これを咎め立てしない意向を表明するに至つたのである。控訴人は、本件増築が隣家である控訴人方の日照、通風を阻害し、かつ防災上の危険を招来するものであつたと主張するが、右主張事実を認めうる証拠はない。叙上の諸点をあわせ考えると、本件においては、被控訴人がした本件増築をもつて賃貸人である控訴人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないものとすべきである。されば、控訴人の本件増築を理由とする契約解除の主張は、その余の争点につき判断を加えるまでもなく、失当であるとしなければならない。
三(賃料不払を理由とする契約解除の許否)
(一) 控訴人が昭和四七年九月六日被控訴人に到達した書留内容証明郵便をもつて、控訴人主張の昭和四三年六月分ないし昭和四七年八月分の賃料金一七万八三九七円、昭和四七年九月分の賃料金四七八一円、内容証明郵便添付の郵券料金三四〇円、以上合計金一八万三五一八円の支払催告及び停止条件付契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
(二) そこで、被控訴人が右支払催告にかかる債務を負担していたか、また、その前提として、本件土地の賃料が控訴人主張のとおり増額されたかどうかを検討する。
1 <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
被控訴人は、本件土地を賃借する前である昭和三八年ころ、自宅用地の一部として、控訴人所有の東京都目黒区大岡山一丁目九五番四の宅地のうち三八坪四合(126.94平方メートル。以下「自宅用賃借地」という。)を賃借し、本件土地を賃借してからは、両土地の賃料を一括して控訴人方に持参して支払つてきた。控訴人は、左記各年の四、五月ころ、被控訴人に宛てた葉書により、両土地の賃料の増額を請求したが、このうち本件土地の賃料に関する請求は、(イ)昭和四四年五月分以降の賃料を一か月金二九二一円(3.3平方メートル当り金九四円。従前の賃料額に比較して3.3平方メートル当り金一五円値上げ。)に、(ロ)昭和四五年五月分以降の賃料を一か月金三五四一円(3.3平方メートル当り金一一四円。従前に比し3.3平方メートル当り金二〇円値上げ。)に、(ハ)昭和四六年五月分以降の賃料を一か月金四一六一円(3.3平方メートル当り金一三四円。従前に比し3.3平方メートル当り金二〇円値上げ。)に、(ニ)昭和四七年五月分以降の賃料を一か月円四七八一円(3.3平方メートル当り金一五四円。従前に比し3.3平方メートル当り金二〇円値上げ。)にそれぞれ増額すべきことを内容とするものであつた。被控訴人の自宅用賃借地の賃料の値上げ幅も本件土地と同様であり、この分は、被控訴人において増額を承諾し、当該金額を支払つてきた。
2 控訴人は、右増額請求は公租公課の増大と物価の昂騰を事由とするものであつたと主張する。
本件土地賃貸借契約が締結された昭和三九年から前記1(イ)の増額請求がされた昭和四四年までの間に五年の期間が経過し、この間物価が約三一パーセントもの上昇率を示していることは公知の事実である(消費者物価指数((総合))の対比による。)から、契約締結当時賃料が高目に定められたなどの事情も窺えない本件において、右増額請求はその事由を備えていたものと認めるべきである。
そして、右増額請求は一か月金二四五六円であつた賃料を金二九二一円に増額することを求めるもので、値上率は18.93パーセントに押さえられているのであつて、前記のような物価上昇率に具体化された五年の期間内における経済情勢の変動に照らせば、右の程度の増額をすら許されないとすべき反対の事情も認められない以上、請求にかかる一か月金二九二一円の賃料は相当であると思料される。
そこで、次に、前記1の(ロ)ないし(ニ)の増額請求について検討するのに、<証拠>よれば、昭和四五、四七年度においてそれぞれ控訴人に賦課された控訴人所有地の固定資産税が各前年より増えたことが認められる。しかし、昭和四六年度の状況は証拠上明瞭でない。のみならず、昭和四五、四七年度についても税額増加の金額的割合を証拠上正確に知ることができないため、税額の増加が直ちに賃料の増額を相当とする事由に該当するかどうか、また、右事由に該当するとしても、果して控訴人の請求するような賃料額を相当とするかどうかについて、いずれも、適確な判断を形成するに由ないのである。また、昭和四四年から昭和四七年にかけて物価の上昇傾向がみられたことは公知の事実に属するが、その対前年上昇率は、昭和四五年が7.2パーセント、昭和四六年が6.3パーセント、昭和四七年が4.8パーセントであつた(東京における消費者物価指数((総合))の対前年比による。)のに対し、前記1の(ロ)ないし(ニ)の増額請求の値上げ率は昭和四五年度が21.22パーセント、昭和四六年度の17.5パーセント、昭和四七年度が14.9パーセントというように右物価上昇率をかなりの程度に上廻る割合を示しているのであつて、その合理性について疑いをさしはさむ余地なしとしない。叙上の次第で、昭和四五年ないし四七年については、控訴人の請求する賃料額をそのまま相当賃料額であるとすることは躊躇されるところである。この場合、単純に物価指数にスライドさせるだけで相当賃料額に到達しうるとは保し難く、相当賃料額の算定については、さらに諸般の資料の提出が望まれるところ(この点は、顕著な経済変動にかかわらず五年もの間従前の賃料額が据え置かれていた後にされた昭和四四年の増額請求の場合と取扱いが異なることも、やむをえないところである。)、本件において右の点に関する適切な資料を見出することができきない。あるいは、被控訴人が自宅用賃借地の賃料の増額を承諾したことからすれば、それと同じ値上げ幅による本件土地の賃料の増額もこれを相当とすべきであるとの議論がされるかもしれない。しかし、<証拠>によれば、自宅用賃借地は本件土地から直線で約六〇メートルばかり南方に離れた土地であることが認められ、両者の所在位置の相違、賃貸借の目的の差異などにかかわらず、賃料の増額につき両者を同一の値上げ幅で律すべきであるとする根拠もみあたらないから、前記のような所見に左袒することはできない。また、<証拠>によれば、被控訴人が承諾した自宅用賃借地の賃料額は、値上げ幅こそ本件土地と同一であるが、3.3平方メートル当り昭和四五年が金一〇五円、昭和四六年が金一二五円、昭和四七年が金一四五円と定められたもので、いずれも本件土地について請求された賃料額の3.3平方メートル当り単価より約一〇円安となつていることも、看過することができない。
3 以上を要するに、控訴人の賃料増額請求の主張は、前記1の(イ)の昭和四四年五月分以降の分は肯認できるのに対し、(ロ)ないし(ニ)の昭和四五年五月、昭和四六年五月、昭和四七年五月各以降の分は請求の事由及び請求にかかる賃料額の相当性を裏付ける証拠がないとすべきである。
4 したがつて、控訴人の前記(一)の支払催告当時、昭和四三年六月分から昭和四七年八月分までの賃料は合計金一四万三八五六円に達すること明らかであるが、被控訴人が右期間の賃料として、右金額を越え控訴人主張のような金額に達する賃料支払義務を負担していたことは肯認できないし、昭和四七年九月分の賃料は当裁判所の認定した金二九二一円の範囲内においてすら、まだ履行期は到来していなかつたものである。
5 なお、控訴人の支払催告にかかる内容証明郵便添付の郵券料金三四〇円を被控訴人が負担し、これを控訴人に支払うべき特約その他の事由が存したことを認めるに足る証拠はない。
(三) よつて、契約解除の効力について判断する。
1 <証拠>によれば、前記のとおり被控訴人は、本件土地と自宅用賃借地の賃料を一括して控訴人方に持参して支払つていたが、被控訴人が本件増築をしたことに伴つて前記のような紛糾を生じたため、被控訴人が妻をして昭和四三年六月九日に控訴人に対し同年六月分の賃料金二四五六円を弁済のため現実に提供させたところ、控訴人側において、本件増築を理由に本件土地の返還を求める予定であるとして、受領を拒絶したので、被控訴人は同月一二日に右賃料を供託したことが認められる(被控訴人が昭和四三年六月一二日に同月分の賃料金二四五六円を供託したことは当事者間に争いがない。)。
2 被控訴人が、その後、昭和四三年七月分以降昭和四七年八月分までの賃料を、昭和四七年五月分からは被控訴人において自発的に一か月金三八七五円(3.3平方メートル当り金一二五円)に増額して、供託したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、右供託のうち最終の昭和四七年八月分の賃料の供託は、控訴人の前記(一)の支払催告及び停止条件付契約解除の意思表示が被控訴人のもとに到達する前である昭和四七年九月二日に完了していたこと、被控訴人の賃料の供託は、その後も、すくなくとも昭和四九年八月分まで継続的にされてきたことが認められる。右供託にかかる賃料のうち昭和四九年七月分からは、被控訴人において自発的に一か月金五五八〇円に増額したことは当事者間に争いがない。
3 ところで、被控訴人が右2掲記の供託をするに先立つて控訴人に対し弁済の提供をしなかつたことは被控訴人の自認するところであるが、被控訴人が右2掲記の供託をし始めた当時、被控訴人が本件増築部分を原状に回復するなど適当な処置をとらない限り、控訴人に対し弁済の提供をしても、控訴人においてこれを受領する意思がなかつたことは前記1の認定事実並びに控訴人が昭和四三年七月中、無断増築を理由とする契約解除を原因として本件土地明渡しの調停を申し立てた事実に照らし明瞭であつたから、被控訴人が弁済の提供をしないでいきなり供託したからといつて供託の効力は妨げられないとすべきである。もつとも、控訴人が、右調停が不成立に終つた後である昭和四七年七月一九日に被控訴人に到達した内容証明郵便をもつて本件増築を咎め立てしない意向を表明したこと前認定のとおりであり、その限りでは、被控訴人が弁済の提供をしないで供託したことを有効とみる根拠が失われるに至つたごとくであるが、これより先昭和四四年四、五月ころを初回として、以後、毎年控訴人から本件土地の賃料の増額請求がされ、被控訴人としては、これを応諾することができない以上、控訴人に対し相当と認める地代を支払えば足るところ(借地法第一二条第二項)、<証拠>によれば、控訴人は自己が増額請求をした賃料全額の提供を受けるのでなければ受領を拒絶する意向であつたことが窺われるので、右の点からして、被控訴人が弁済の提供をしないまま有効に供託をすることができることに変りはないとすべきである。
<証拠>によれば、被控訴人は、昭和四七年四月ないし一〇月分の賃料を供託するに当つて、「控訴人に対しこれを弁済のため提供したが、受領を拒絶された」ことを供託原因と掲記して手続をしたことが認められ、右供託原因の記載は事実に合わないものであるが、このように供託者が供託手続において供託原因として掲記したところが事実に合わない場合であつても、客観的に真正な供託原因が存在する以上、右供託は有効であると解するのが相当である。
4 以上によれば、前記(二)4の昭和四三年六月分から昭和四七年八月分までの合計金一四万三八五六円のうち賃料増額請求がされた以前の分、すなわち昭和四三年六月分から昭和四四年四月分までは、従前の月額金二四五六円の割合による金員の供託により、その支払義務は消滅したものであり、賃料増額請求がされた以後の分、すなわち昭和四四年五月分から昭和四七年八月分までのうち昭和四七年五月分から同年八月分までは、増額された賃料月額金二九二一円を上廻る月額金三八七五円の割合による金員の供託により、その支払義務は消滅し、また、昭和四四年五月分から昭和四七年四月分までは、被控訴人において相当と認める額の賃料(月額金二四五六円)を供託した以上、たとえそれが相当賃料額を下廻つていたとしても、被控訴人としては、賃料支払義務の不履行に基づく、賃貸借契約解除の不利益を免れる理である。されば、控訴人が賃料等の不払を理由としてした本件土地賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じなかつたものといわなければならない。それ故、控訴人の賃料等の不払を理由とする契約解除の主張は採用することができない。
四(被控訴人の金員支払義務の範囲)
(一) 控訴人は、本訴における金員請求として、延滞賃料及び郵券料合計金一八万三五一八円並びに昭和四七年一〇月一日から本件土地明渡しずみまで一か月金四七八一円の賃料相当額の損害金の支払を求めるものであるところ、損害金請求の前提をなす本件土地賃貸借契約解除の主張を肯認できず、右契約解除後の損害金請求は、理由がないとすべきことは上来説示したところから明らかである。
(二) 賃料支払義務について検討するのに、被控訴人は昭和四三年六月分から昭和四四年四月分までは一か月金二四五六円、昭和四四年五月分から昭和四七年九月分までは一ケ月金二九二一円の各割合による賃料支払義務を負担したものであるところ、
1 昭和四三年六月分から昭和四四年四月分までの賃料支払義務は、一か月金二四五六円の割合による金員の供託によつて、全部消滅し、
2 昭和四四年五月分から昭和四七年四月分までの賃料支払義務も、右と同一の割合による金員の供託によつて、当該金額の限度において消滅し、
3 昭和四七年五月分から昭和四七年九月分までの賃料支払義務は、被控訴人が自発的に増額した、右各月の賃料額を上廻る金員の供託によつて、全部消滅し、
4 結局、昭和四四年五月分から昭和四七年四月分までの賃料のうち右2の供託によつて消滅した残額金一万六七四〇円が現に請求しうる賃料ということとなる。
(三) 被控訴人に郵券料の支払義務がないことは前述した。
五(結論)
以上説明したところによれば、本訴請求のうち本件旧建物の無断増築、賃料等の不払を理由とする賃貸借契約の解除を原因として被控訴人に対し本件建物の収去、本件土地の明渡しを求める控訴人の請求は失当として棄却すべく、控訴人の被控訴人に対する金員請求は、金一万六七四〇円の賃料の支払を求める限度において正当として認容すべく、その余は、損害金請求を含めて、失当として棄却すべきである。これと一部結論を異にする原判決はこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(蕪山厳 高木積夫 堂薗守正)